金澤ゆい公式サイト

あの日から2年。ブログ書きながら悔し涙を流しそうになったってさ。

皆さま日頃より大変お世話になっております。
金澤ゆいです。

本日、10月23日は私の33歳の誕生日です。

「29才リケジョ、国政へ。」
というコピーを掲げて活動すること、早くも4年。
1本のポールを持って、キャリーバッグにチラシなどの荷物を詰めて、1人で駅に立ち始めた日を忘れることはありません。

2020年~2021年の間、本当に365日、お正月も大晦日も休むことなく、朝から晩まで毎日活動していました。朝7~9時・夜18~20時は駅頭、10~17時は戸別訪問と辻立ち。帰ってきてから事務作業。常に睡眠不足で、隙間の10分で仮眠を取ったりしていました。


しかしサラリーマンあがりで、政治家の家系でもなければ、地盤も看板もない私ができることは”誰よりも努力することだけ”と思い、誰よりも活動し続けました。


今からは想像がつかないかもしれませんが、4年前は「日本維新の会」と言っても、大半の人に「何それ?政党なの?」と言われ、ほとんど認知もない中でのスタートでした。ここ1~2年は維新の知名度も上がり、街中での反応が大きく変わったことを実感しています。

そして今から2年前、2021年の10月。
初めての衆議院選挙への出馬。


グリコで長年ポッキーのマーケティングに従事しておりましたが、それを2020年の初めに退職して退路を断ち、2年間悔いはないと胸を張って言えるくらいの血の滲むような努力をし、借金をして自分の全財産を投資して、何よりも多くの仲間に支えられての、人生をかけた挑戦でした。

そして結果は・・・

落選

44,882票をいただきながらも、最後の最後で私の力が足りませんでした。
1.9%足りず、次点でした。
あと1,000票ちょっとを積み上げることができれば当選でした。
分かりすく言うと、仮に東京で維新の衆議院議員が辞めたとしたら、私が繰り上がります。

有権者の約10人に1人が投票してくれた、こんなにも支援いただいたのに、それに応えられない悔しさは言葉では言い表せないものです。
今でも文章を書きながら、悔し涙が出てきそうなくらいです。

きっとこの気持ちは、ゼロから積み上げてきた人間にしか分からないでしょう。
これほどまでに皆さまの「一票」を重く感じたことはありません。


毎日毎日、雨の日も風の日も歩き、2年間かけてやっと江東区を1周、戸別訪問し終えました。
「女性が政治家やるな!」「維新なんて大阪に帰れ!」「あー、ポストにでもチラシ入れておいて。」
私のことを知らない、本気でやるか分からない、維新は知られてない、そんな逆境の中でも、続けていればいつか分かってもらえると信じて歩き続けました。

そしていつしか、
「今日も頑張っているね!」「応援しているよ!」「若い人に政治をやってもらいたいんだ!」
そう言っていただけるようになり、皆さまのためにも一層頑張らないと、と思ったのを覚えています。

しかし、落選してしまっては、その声に十分に応えることもできません。
このまま支部長を続けるのかも迷いました。
何もかも全てを捧げての挑戦でしたから。

落選して去って行ってしまった人もいました。
しかし、まだ支えてくれる仲間や、手を差し伸べてくれた先輩方に支えられ、諦めずにもう一度、この期待に応えよう、と前へ進むことができました。

ありがとうございます。

そして落選後、次の日から駅に立ちました。

そこから模索しながらの活動がスタートしました。
何が良くなかったのか、何が足りなかったのか、今までの活動に新しいアプローチを足して試してみる日々。正解もないし、答え合わせをすることもできないので、信じて進むしかできません。
ただひたすらに「日本の為、国民の為。」それだけは何があっても立ち戻れるようにしながら、活動を続けてきました。

そのうちに活動を休むのが怖くなってしまいます。
休むと「この時間に○○ができたかも。」「あの人はもっと活動しているかも。」と頭の中をよぎります。
特にこの夏は異常な暑さで、朝の駅頭に立つと日中は活動ができなくなり、日中動くと翌朝が辛い。なので日中をメインにして夏は活動しましたが、実は1か月以上も熱中症のまま活動をしていました。
37度前後の微熱が毎晩下がらず、胃腸の機能は壊れてしまい、点滴を打ちながら動いていました。非効率と分かりながらも、体調管理ができない自分が悪いと思いながらも、止まることができなかった。
しかし、さすがに途中であまりに非効率だと思い、数日体をリセットする日をつくりました。
重要な局面で倒れては、本末転倒ですからね。それを決断出来たのは9月の頭でした。

なぜ、ここまで頑張れるの?と聞かれることがあります。
それは「根拠のない使命感」でしかありません。
キッカケは女性の活躍や、行政の在り方、教育の問題でしたが、今の世の中に批判をするのは簡単です。
しかし、批判をして世の中は良くなりますでしょうか、あなたの生活は豊かになりますでしょうか。
気づいてしまった人が行動するしかない。
政治家に期待できないのであれば、自分でやればいい。
それが難しかったら、私に想いを託してもらえればいい。
そんな思いでこの仕事と向き合っています。

今年はこの4年間で積み上げてきたものを実感する出来事が多くありました。
今までは、仲良しでもポスターは貼ってもらえなかったところが、とうとうポスターを貼ってくれたり、例大祭で30近い町会でお神輿を担がせて頂いたり、お祭りや集会で挨拶をさせて頂いたり、数え上げたらきりがありません。

よく考えたら支部長なのに、現職の方と一緒に挨拶をさせて頂けるなんて、あり得ないことです。本当に受け入れてくださっている地元の皆さまには、感謝しかありません。

地元の皆さま、応援してくれる支援者の皆さま、そして家族に恩返ししなくてはならないと、心の底から思います。

1年間でボロボロになるスニーカー。真ん中が新品のもの。
よく、かかとに穴があく。

さて、この4年間で私は「約5,000万円」のお金を投資しました。大半は借金です。
8~9割が政治活動への投資で、残りがプライベートですが、例えば活動服の白のスーツなどはプライベートの費用から算出しているので、ほとんどが政治活動に費やしているといっても過言ではないでしょう。
計算してみて、正直ゾッとしました。
経営者やお金持ちからすると大したことない額かもしれませんが、一介のサラリーマン、ましてや普通の家庭で育った私からすると「家も買えたよね、海外一周できたよね、車も買えたよね」とか思ってしまいます。
でも後悔はしていません。ここまで来るのに必要なお金でした。

例えば事務所の維持や、街宣車の維持でも費用はかかりますし、江東区で全戸ポスティングをすると約150万円かかります。ポスターやお手紙なども、頑張れば頑張るだけお金がかかります。

落選後は、残念ながら常駐で人を雇う余力はないので、スタッフは他へ異動してもらい、ボランティアの協力を得て活動してきました。
本当にいつも、ありがとうございます。

自分の今までの経験を活かして、デザインのディレクションやブランディングのお手伝いなども行い、そして間もなくローンチできるかと思いますが、1年前からあたためていたペット事業も始めます。(今まで保護猫や保護犬を飼っていたこともあり、動物愛護も政策の1つです。)
こうやって自分で稼ぎながら、生きてきました。
いわゆるパトロンのような、もっと上手い生き方はあったのかもしれませんが・・・
多くの方に少しずつ力を分けてもらいながら、ここまで来ることができました。
こうやって大変な時に支えてくれた御恩は絶対に忘れません。

しかし、今の状態では次の選挙に挑むには心もとない状況です。
少しでも私に共感し、応援しても良いと思われた方は、寄付という形で、お力添え頂けますと幸いです。
年間150万円まで、個人からの寄付が可能です。寄付金控除ができます。
しがらみを作らないために、企業からの献金はいただいておりません。(他党は年間2,000万円まで企業献金を受け取れます。)

ぜひ、誕生日プレゼントと思って、少しだけお力添えいただけますと幸いです。
1円たりとも、無駄には致しません。
共に日本の為、世の為、歩んでいけたらと存じます。

日本維新の会
衆議院 東京都第15選挙区支部 支部長
金澤ゆい

↓寄付はこちらからお願いします。誕生日プレゼント待っています。
https://kanazawayui.com/donation/

↓政策
https://kanazawayui.com/#policy

東京都15選挙区支部「決起大会」 〜統一地方選挙へ向けて〜

先日はご多用の中、多くの方にご参加いただき、誠にありがとうございました。
またスタッフも準備など、ありがとうございました。

とうとう4月に統一地方選挙がございます。
江東区には日本維新の会の区議会議員は0人です。江東区は44名の定数に対して約60名が立候補する予定です。
1票の差で当選か落選が決まるのが、区議会議員選挙。

今回の決起大会は多くの方に集まって頂きましたが、初めてミニ集会を開催した日が懐かしくなりました。
日本維新の会の名前も知られておらず、江東区で維新と言ってもほとんどの人が知らなかったあの頃。
毎日街を歩き、声をかけ、最初はどうにか2〜3人を集める。
そこから一歩ずつ地道な活動を重ねて、今では応援してくれる方が増えてきており、嬉しい限りです。

区議会議員は最も私たち区民と距離が近く、気軽に相談できる存在であるべきです。その為にも、自分の足で歩き、多くの方と対話を重ね、それを政策へ移していくことが重要だと思っています。

議員という職業にあぐらをかかず、自ら汗をかき、区民と共に江東区を良くして行こうという志ある人間が区議会議員として働いて欲しいと思います。

今回、区議会議員に挑戦予定の3名を簡単に紹介したいと思います。
詳細は別途ブログで記載しておりますので、そちらも合わせてご覧ください。

古賀じょうじ江東区政対策委員
砂町在住で、南砂小学校のPTAやPTA連合会長も務め、青少年委員会やドッチボールの指導者を勤めるなど、地域の為に活躍してきました。とても気さくな方で、地域の為に熱くなれる方です。民間企業で働いて来た実績もある、即戦力となる人材です。

松澤あいり江東区政対策委員
豊洲在住で、4人の子どもの母親、シングルマザーです。
様々な苦労をされて来ておりますが、だからこそ見える視点や、困っている人に寄り添う優しさがあると思います。しっかりと自分の意思を持ち、江東区を自分の身近なところから良くしていきたいと前に突き進んでいく強さがあります。

千田まさひろ江東区政対策委員
日本の文化や正しい歴史を学んでもらおうと勉強会を約300会以上開催してきた、日本の事をこよなく愛する漢です。非常に真面目で、ポスターはその真面目さを反映した写真になっていますが、笑うとチャーミングで親しみやすい人材です。このように日本のことを真剣に考え、まずは地元江東区から良くして行こうと考えてくれる区議が必要です。

日々コツコツと活動を行い、彼らは私たちの気持ちに寄り添える人材だと信じています。しかし、まだまだ知名度も足りない、本当に厳しい戦いです。

30分でも良いのでボランティアに来たいただいたり、寄付も1,000円から受け付けています。また、江東区にお知り合いがいましたらご紹介をいただけますと幸いです。
チーム江東区で頑張っておりますので、応援のほどよろしくお願い申し上げます!

また当日は多くのご来賓の方から応援をいただき、誠にありがとうございました。
皆さまの熱い応援と演説をお伺いして感慨深い気持ちになると共に、私も恩返し出来るように頑張っていこうと決意を新たにしました。

馬場伸幸 代表
井上英孝 衆議院議員
柳ヶ瀬裕文 参議院議員
音喜多駿 参議院議員
猪瀬直樹 参議院議員
石井みつこ 参議院議員
三木けえ 衆議院議員
女優 東てる美

感謝です。

対話で未来を拓く「金澤ゆいに一票を」 ~衆議院選挙(江東区)12日目~

おはようございます。

「金澤ゆい」です。

本日は衆議院選挙の12日目、最終日でした。

地元の皆さま、12日間の選挙期間大変お騒がせいたしました。

今日は、日付が変わる直前まで地元門前仲町に立ち、ご挨拶をさせていただきます。

とうとうこの日が来てしまいました。

短いようで、長いようで、あっという間の12日間でした。

私自身は初めての選挙でした。メンバーも友人中心の手作りチームで、試行錯誤しながらも、共に最後まで駆け抜けることができました。

ゼロから皆で作り上げ、時にぶつかりながらも、誰もが同じ方向を向いて突き進んできました。

応援し、声援をくれて、支援してくださった地元の皆さま。

連日応援に駆けつけてくださった議員の先輩方。

仕事や育児がある中、応援に駆けつけてくれたボランティアの皆さん。

個人献金やSNSで支えてくれた、友人、支援者の皆さま。

朝から晩までの活動を終えて、疲れ果てている中でも次の日の予定を考えたり、証紙を貼ったりしてくれたメンバーのみんな。

たくさんのご支援を、本当にありがとうございました。

このメンバーと共に、2年間を駆け抜けてまいりました。

このメンバーで良かった。本当にありがとう。

言葉では言い尽くせないほどの感謝です。

政治に触れたことも選挙の経験もなく、たった一人で始めた活動。

「冗談だろう。」「無理だ、やめておけ。」という意見は最もですし、私の生活を案じて言ってくださったのだと思います。

それでも私の決意が固いことが分かると、全力で応援して、2年間もの日々を共に活動して支えてくれました。

そして、多くの方に支持をいただき、あと一歩のところまでくることができました。

感謝の気持ちでいっぱいです。

江東区の皆さまがこれほど応援してくださるのは、私の力だけではありません。共に活動するメンバーがいて、一人一人が必死で訴えて、さまざまな方を紹介してくださっている様子を見て、

「これほど活動しているならば」

「これほど応援されているのであれば」

「こいつなら何か変えてくれるかもしれない」

と信じて、応援してくださり、どんどん輪が広がっていったのだと思います。

さまざまな形で支え、応援してくださる皆さんの力が、これほどまで押し上げてくれました。

本当に何もない私を、ここまで応援してくださった皆さんの声に応えたいです。

「地盤も資金もなく、29歳で衆議院議員を目指すなんて無謀だ。」

ずっとそう言われてきました。

誰だってそう考えると思います。でも、それが政治の世界の常識ならば、私が覆したいと思いました。

世の中を批判することも、その一歩を踏み出さないことも簡単です。

待っていても、何も変わらないかもしれません。

子育てか仕事かを選ばなければならず、やむなく仕事を辞めた女性に「両立できるよ」と胸を張って言える環境にしていきたいんです。

非正規雇用で毎日必死に働き子どもを育てるシングルマザーの方に、コロナ禍で仕事を失って無気力になっている人に、家族のために自分のやりたいことを我慢している人に、そしてそんな大人の姿を見ている子どもたちに、

「頑張れば報われる」と胸を張って言ってあげたいんです。

多くの人が願っている、そんな当たり前の世の中を創りたい。

こんなことを言うと綺麗事だと言われたりもしますが、そんな綺麗事でできるほど、民間企業出身の一般家庭で育った人間が、政治家を目指すのは簡単ではありません。

本当に泥臭い世界です。

気づいた人が、気づいてしまった人が、変えるしかないと思います。

本当に悩みました。キャリアを失い、お金も時間もかかることです。

ですが、誰かがやらないと変わりません。

だから、すべてを捨てて、人生最大の挑戦をしました。

挑戦しない方が楽でしょうし、安定した生活だったと思います。

だけど、誰もがこの世の中がおかしいと、私たちの声が届いていないと、薄々と感じながらも何も出来ない状況だと思います。

日本の未来は、どうなってしまうのか。

誰かが挑戦して、誰よりも努力して、不可能と思われていることを可能にできると証明しなくてはならないと思います。

多くの人に、新たな一歩を踏み出す勇気をあげたい。

「頑張れば報われる」と。

そして、明日が楽しみと思えるような、そんなに社会を創りたい。

未来への成長と活力に満ちた「自由に選択できる社会」を創りたい。

側から見たら謎な使命感かもしれませんが、この2年間、多くの方のお話を伺ってきて、心からそう思います。

国民が大変な思いをしているときこそ、国や政治家が頑張る時だと思います。

社会構造が変化し、女性が働くことが当たり前になっているのに、それに応じた法整備が遅れています。

高齢社会が進むのに、年金という制度に頼り続け生活に十分な保障が難しくなっています。同時に、年々若い世代に負担がかかり、自由に使えるお金も減っています。

家計の問題で進学をあきらめて、夢を諦めた子ども、コロナ禍で苦しむ事業者や、働く人に適切な補償をせずに自ら命を絶った人も大勢います。

人々に不合理を強いる制度を変え、社会の変化に合わせて柔軟に制度改革をしていくことが、本来の政治の役割だと思います。

自分の一票では変わらないと思うかもしれません。

ですが、同じ思いを持つ人が、百人、千人、一万人と集まったらどうでしょうか。前回の都議選の投票率は約44%でした。42万人の有権者のうち、半分以上の方が投票に行っていません。

薄々今の政治は良くないと感じている人が大勢います。この方たちが投票したら、政治は変わります。

私は皆さんの声で政治や国が動く「対話で未来を拓いて」いきたいと思っています。

明日が投票日です。皆さまの一票を、「金澤ゆい」に託してください。

そして、二枚目の投票用紙は「維新」にお託しください。

平成生まれ初の国会議員を、この江東区から皆さまのお力で誕生させてください。

本当に苦しい戦いです。

しかし皆様のお力添えで、あと一歩のところまで来ました。

どうか、どうか最後に「金澤ゆい」へとお力をお貸しいただけますよう、よろしくお願い申し上げます。

旧態依然とした政治に風穴を、私たちのための当たり前の政治を、希望に満ちた良い日本を、共に創ってまいりましょう。