金澤ゆい公式サイト

実は、自撮りもSNS投稿も、ほとんどしない人でした。 〜伝えなければ、伝わらない。〜

おはようございます。

最近は、政治活動にプラスして、

消防団に、

JC(東京青年会議所)に、

そして防災士の勉強まで、

幅広く活動を行なっております。

全ては、同じ目的に収束するわけなので、実は繋がっています。

今回はタイトルの内容をお話ししようと思うのですが、皆様もお仕事や学校などで、

「細部まで話さなくても(伝えなくても)、伝わっていると思っていた。」

ということに陥ったことはないでしょうか。

特にメールなどの文章では、誤解も多く招きます。

(私は感情抜きの、論点だけ送りがちなので「ヴァイオレットエヴァーガーデン」のヴァイオレットみたいだ、とたまに言われます;)

私は社会人時代は”泥臭いこと”を表に出さず、スマートに仕事をするのがカッコ良いと思っていました。

それに成果を出す人は、スマートにやっているだけでは成果を残せないし、必ず泥臭いこともやっているのが当たり前と思っていました。

しかしある日、先輩にこんなことを言われて、頭を悩ませました。

「何もかもスマートにやりすぎ。〇〇さんみたいに、もっと泥臭いことをやれ、そういうのを表に出した方が良い。」

と。私は衝撃を受けました。

成果を残している=自ずと泥臭いこともやっている

というのが言わなくても伝わっていると思っていました。

あまりに人間臭さがないより、少しはそういった面を見せた方が共感もしてもらえるのだな、と思いました。

しかし、今まで見せないスタイルでやってきた私は、どうやったら良いのか検討もつきませんでした。

そして、気づけばもう1年半くらい経った政治活動。

私は社会人時代の経験を活かして、情報発信することを心掛けています。

政治活動を始めるまでは、自撮りもしないですし、SNSも見る専、写真フォルダにある写真は、風景やペットや家族写真ばかりでした。

1年前には、下記の写真の自撮り棒も購入してみましたが、最近は面倒で使っていません;

映える写真を撮影することが目的ではないですし、写真の見栄えが少し悪くても良いか、と思っています。

政治活動はあまり身近ではないため、発信して知ってもらい、またそれだけではなく有益な情報も発信する必要があります。

伝えても、伝わってないことが多々ある中で、”伝える”ということはしっかり行っていきたいと思います。

きっとそれは会社でも、日常でも、家族やカップルでも、同じだと思います。

なので、政治家もしっかりと国民へ情報公開をしていただき、かつ議論も建設的に行なっていただきたいと思いますし、そうなるように変えていきたいです。

全てを伝えるのは難しいですし、文章はさらに難しいですが、できることからやっていきたいと思います。

追伸:メインの写真は政治活動を始める前に撮っていた写真の一例。初登場、家族の犬です。

写真で振り返る「金澤ゆい」2020年 〜目まぐるしい環境の変化〜(1/2)

おはようございます。

「金澤ゆい」です。

本日と明日は、江東区内全エリアにて、年末のご挨拶をさせていただいております。

夜は地元の消防団の、年末の特別警戒も行っております。

夜回りにも行ってまいりました。


本当に今年は、目まぐるしく環境が変化した1年間でした。

なんとなく、顔つきすら変わった気がします。

多くの出会いがあり、学びのある1年間でした。

簡単に、1年間を写真で振り返ってみようと思います。

今年の初めに政界への挑戦を決意してから、毎日があっという間でした。

初めての宣材写真の撮影で、いつもおろしていた髪を、耳にかけた髪型をしました。

今では、この髪型にすると、スイッチが入ります。

日本維新の会から公認をいただいてから、ダッシュで宣材写真を撮影して、記者会見に挑んだあの頃が懐かしいです。

何もかも、毎日が、新しいことの連続でした。

一番最初のボランティアメンバーを集めたミーティングでは、高校や大学の友人や先輩、多くの方が応援に駆けつけてくださりました。

この頃に来てくれたメンバーは、現在も積極的に活動に参加してくださったり、応援してくださっています。

右も左も分からず、転びながら走り続ける日々です。

そして日本維新の会の、1回目の東京都の支部長の記者発表。

まだまだあどけなさが残ります。

今も心に響く演説をするのは難しいですが、この頃はさらに不慣れな喋り方で、動画を見返すと、恥ずかしくなります。

他の選挙のお手伝いに行くこともありました。

応援に来ていた鈴木宗男さんからもエールをいただいたりもしました。

初期の頃は、当たり前ですが知名度も無く、何もない状態でしたので、必要なポスターやチラシ、名刺だけは制作して、日々ポスターを持って歩いて回っておりました。

初めてポスターを貼って良いよ、と許可をいただいた時の感動は今でも忘れません。

そして長年勤めたグリコを、今年の5月に退職いたしました。

写真は、2019年の冬に大阪から東京へ戻ってくる時の、送別の写真です。

こうやって大勢の方と集まれる機会がなくなってしまったのは、とても寂しく思います。

今年の5月は、もうコロナ禍でしたので、テレワークも進んでおり、最後はみなさんと会えないままの退職となりました。

ポッキーのマーケティングに長年従事して参りましたが、この時も毎日走り続けてがむしゃらに頑張っていました。

ここから、仕事と政治活動を並行していた日々から、政治活動1本に集中した、休みのない日々が始まります。

※退職時のブログは下記にて掲載しております。

今年の夏は、都知事選の応援にも入っておりました。

この時は、小野たいすけさんと一緒に、自転車で山手線を一周しました。

この頃から、他の人よりも体力があるのではないか、と気付き始めました。

あいにくの雨でしたが、最後まで全員で走り抜けました。

更に、北区の都議補選には、ホテルを取って泊まり込みで応援に入っておりました。

多くのことを学ばせていただきました。

ビジネスと同じだと思いますが、自分の選挙をするにしても、そもそも選挙というものを知らなければ、戦略も立てられません。

まだまだ戦略を立てられるほどの経験値は多くないですが、この選挙を経て、選挙というものの概要を知りました。

ビジネスも人によってやり方が異なるように、選挙も人によって異なるので、手法を知るには、もっと経験を積まないとですね。

こちらは初めての街頭演説会の日の様子です。

親友から先輩まで、多くの方にお集まりいただき、嬉しい限りでした。

演説は感極まったり、グダグダな部分もありましたが、思いが伝わってきた!とメンバーから言って頂いたので、良かったとします。

人の心に響く演説をしたいものです。

日々練習あるのみ!

この頃は街宣車も自転車も無く、キャリーバックに荷物を詰め込んで、竹刀袋にのぼりのポールを入れて電車で移動していました。

怪しすぎますね・・・

持ち運べる量も限られているし、ゼロから何かを始めるのって、本当に大変ですね。

よく団地にも顔出しさせていただき、人生の先輩方からお話をお伺いしておりました。

いつも一緒にいる、仲良しの奥様たちと。

ありがたいことに、お子さま達から手を振って頂いたり、囲まれることが多く、私自身もいつも元気をいただいております。

「カード」と称して、金澤ゆい名刺を渡すと喜んでもらえるのが、私も嬉しいです。

そして、お子さま達は、私のことをよく覚えていてくださり、パワーの源です。

パネルができた際は、こんな感じに歩いて運んでいました。

これで電車に乗るのは、恥ずかしかったです。

(今は、自分の顔のパネルのついた街宣車を運転していますけどね;)

1つのブログにまとめたかったのですが、長くなりすぎたので、今日と明日の2回に分けたいと思います。

後編へ続く。

4つの改革① 地域に密着し、皆さまの声を聞きます!【政策シリーズvol,3】

おはようございます。

「金澤ゆい」でございます。

本日は、清澄白河、深川エリア、城東エリアで活動してまいりました。

最近は、今年の締めくくりのご挨拶に回らせていただいております。

地元の皆さまには、いつも温かいご声援をいただいて有難い限りです。

また、少しずつ人の輪が広がっていっているのを感じ、嬉しく思います。

引き続き活動を行い、お一人でも多くの方に私の政策をお伝えしてまいります。

先週から配り始めた新しいチラシに掲載した、地元の政策をご紹介してまいります。

新しい社会像を目指した「金澤ゆい4つの改革」のうちの1つ目になります。

江東区民の皆さまの声を国政へ

  • ミニ集会で声を聞かせてください

 「政治家なんて雲の上の存在だから」と国政に無関心の方が
増えています。この現状を打破すべく、皆さまの声を集めるため
「ミニ集会」を区内各地域で開催しています。ぜひ、たくさんの
ご意見をお寄せください。

  • 「悩みは私に相談できる」環境作り

 『土日に役所が開いてなくて不便』、『手続きのオンライン化を
進めてほしい』とお困りの声が届けば、区に直接掛け合い、制度の
見直しを図ります。

  • 少数意見も議論の場へ

 LGBT当事者や医療ケア児のご家庭などの少数意見にも積極
的に耳を傾け、区民の皆さま全員が輝ける未来を実現させます。
 国会改革を目指すからこそ、まずは地元に貢献できることを
コツコツ取り組んでいきます。