金澤ゆい公式サイト

江東区 富岡八幡宮の歴史 ~創建編~

おはようございます。

「金澤ゆい」です。

本日は、東陽町・深川エリアを中心に活動してまいりました。

緊急事態宣言の延長が発表されましたが、引き続き、新型コロナウイルスの支援のご案内や、感染拡大防止の啓発活動をおこなっております。

新型コロナウイルス支援策をまとめたチラシが必要な方はお気軽にお声がけくださいませ。

「金澤ゆい」事務所のある深川エリアには、富岡八幡宮という江戸最大の八幡宮がございます。

長年お詣りをさせていただいておりましたが、昨年から地元の方にお誘いをいただいて月次祭にも参加させていただいております。

2月は節分祭豆まき式が行われる予定でしたが、新型コロナウイルス感染症防止のため、残念ながら中止となりました。

事前予約を行い、節分神札と福豆をいただきました。

自粛疲れという言葉があるように、家に長時間いると疲れてしまうこともあります。

散歩がてら、近所の神社やお寺に参拝に行くのも良いかもしれません。

気持ちが引き締まります。

せっかくなので、「深川の八幡様」と親しまれてきた富岡八幡宮の御由緒をご紹介いたします。

現在の江東区が位置する場所は、江戸時代までは東京湾に注ぐ河川のデルタ地帯の一部で、海面と散在する小島があるだけでした。

江戸時代始まって間もない頃、当時永代島と呼ばれた小島にご信託により創建されました。

永代という地名は門前仲町駅から徒歩圏内のエリアに残っていて、「永代通り」という通りの名にもなっております。

当時は「永代嶋八幡宮」と呼ばれ、周辺の砂州一帯の埋め立てにより、60,508坪もの社有地がありました。

「深川の八幡様」と親しまれ、今も昔も変わらぬ信仰を集める「江戸最大の八幡様」です。

深川エリアにお越しの際は、富岡八幡宮にもぜひお立ち寄りくださいませ。


富岡八幡宮公式ホームページ 御由緒

http://www.tomiokahachimangu.or.jp/htmls/goyuisho.html

江東区公式ホームページ 江東区のおいたち

https://www.city.koto.lg.jp/011501/kuse/profile/shokai/5362.html

新型コロナウイルスが猛威をふるう中で。

おはようございます。

「金澤ゆい」です。

本日は、地元深川エリアを中心に活動してまいりました。

新型コロナウイルスが再び猛威をふるっております。

新年のご挨拶や、政策のお訴えもなかなかやりづらい中ですが、新型コロナウイルスの支援のご案内など、できることをしっかりとおこなってまいります。

こちらのサイトに新型コロナウイルス感染症の、個人の方、事業者の方、外国人の方に向けた江東区の支援情報などが掲載されております。

https://www.city.koto.lg.jp/011501/covid19.html

お困りごとがありましたら、上記のサイトをご参照ください。

ご相談ごとがありましたら、私までお気軽にお声がけください。

また、日本維新の会でも、新型コロナウイルス関連肺炎(COVID-19)対策本部にて、新型コロナウイルス対策に関する提言(第7弾)を取りまとめ発表いたしました。

https://o-ishin.jp/news/2021/images/804b223340fa8ac84686b96f615af8c692f37232.pdf

医療体制や経済政策についても、地元のお声をお伺いし、引き続き政策提言につないでまいります。

写真で振り返る「金澤ゆい」2020年 〜目まぐるしい環境の変化〜(1/2)

おはようございます。

「金澤ゆい」です。

本日と明日は、江東区内全エリアにて、年末のご挨拶をさせていただいております。

夜は地元の消防団の、年末の特別警戒も行っております。

夜回りにも行ってまいりました。


本当に今年は、目まぐるしく環境が変化した1年間でした。

なんとなく、顔つきすら変わった気がします。

多くの出会いがあり、学びのある1年間でした。

簡単に、1年間を写真で振り返ってみようと思います。

今年の初めに政界への挑戦を決意してから、毎日があっという間でした。

初めての宣材写真の撮影で、いつもおろしていた髪を、耳にかけた髪型をしました。

今では、この髪型にすると、スイッチが入ります。

日本維新の会から公認をいただいてから、ダッシュで宣材写真を撮影して、記者会見に挑んだあの頃が懐かしいです。

何もかも、毎日が、新しいことの連続でした。

一番最初のボランティアメンバーを集めたミーティングでは、高校や大学の友人や先輩、多くの方が応援に駆けつけてくださりました。

この頃に来てくれたメンバーは、現在も積極的に活動に参加してくださったり、応援してくださっています。

右も左も分からず、転びながら走り続ける日々です。

そして日本維新の会の、1回目の東京都の支部長の記者発表。

まだまだあどけなさが残ります。

今も心に響く演説をするのは難しいですが、この頃はさらに不慣れな喋り方で、動画を見返すと、恥ずかしくなります。

他の選挙のお手伝いに行くこともありました。

応援に来ていた鈴木宗男さんからもエールをいただいたりもしました。

初期の頃は、当たり前ですが知名度も無く、何もない状態でしたので、必要なポスターやチラシ、名刺だけは制作して、日々ポスターを持って歩いて回っておりました。

初めてポスターを貼って良いよ、と許可をいただいた時の感動は今でも忘れません。

そして長年勤めたグリコを、今年の5月に退職いたしました。

写真は、2019年の冬に大阪から東京へ戻ってくる時の、送別の写真です。

こうやって大勢の方と集まれる機会がなくなってしまったのは、とても寂しく思います。

今年の5月は、もうコロナ禍でしたので、テレワークも進んでおり、最後はみなさんと会えないままの退職となりました。

ポッキーのマーケティングに長年従事して参りましたが、この時も毎日走り続けてがむしゃらに頑張っていました。

ここから、仕事と政治活動を並行していた日々から、政治活動1本に集中した、休みのない日々が始まります。

※退職時のブログは下記にて掲載しております。

今年の夏は、都知事選の応援にも入っておりました。

この時は、小野たいすけさんと一緒に、自転車で山手線を一周しました。

この頃から、他の人よりも体力があるのではないか、と気付き始めました。

あいにくの雨でしたが、最後まで全員で走り抜けました。

更に、北区の都議補選には、ホテルを取って泊まり込みで応援に入っておりました。

多くのことを学ばせていただきました。

ビジネスと同じだと思いますが、自分の選挙をするにしても、そもそも選挙というものを知らなければ、戦略も立てられません。

まだまだ戦略を立てられるほどの経験値は多くないですが、この選挙を経て、選挙というものの概要を知りました。

ビジネスも人によってやり方が異なるように、選挙も人によって異なるので、手法を知るには、もっと経験を積まないとですね。

こちらは初めての街頭演説会の日の様子です。

親友から先輩まで、多くの方にお集まりいただき、嬉しい限りでした。

演説は感極まったり、グダグダな部分もありましたが、思いが伝わってきた!とメンバーから言って頂いたので、良かったとします。

人の心に響く演説をしたいものです。

日々練習あるのみ!

この頃は街宣車も自転車も無く、キャリーバックに荷物を詰め込んで、竹刀袋にのぼりのポールを入れて電車で移動していました。

怪しすぎますね・・・

持ち運べる量も限られているし、ゼロから何かを始めるのって、本当に大変ですね。

よく団地にも顔出しさせていただき、人生の先輩方からお話をお伺いしておりました。

いつも一緒にいる、仲良しの奥様たちと。

ありがたいことに、お子さま達から手を振って頂いたり、囲まれることが多く、私自身もいつも元気をいただいております。

「カード」と称して、金澤ゆい名刺を渡すと喜んでもらえるのが、私も嬉しいです。

そして、お子さま達は、私のことをよく覚えていてくださり、パワーの源です。

パネルができた際は、こんな感じに歩いて運んでいました。

これで電車に乗るのは、恥ずかしかったです。

(今は、自分の顔のパネルのついた街宣車を運転していますけどね;)

1つのブログにまとめたかったのですが、長くなりすぎたので、今日と明日の2回に分けたいと思います。

後編へ続く。